小田切 徳美『農山村は消滅しない』にみる、地方消滅のプロセスと若者の役割

久米由佳   2016.1.10 UP

概要

このレポートは、小田切 徳美著『農山村は消滅しない』の中で論じられている地方消滅のプロセスや要因はどのようなものかについて、以下の3点に焦点を絞り、まとめたものである。
・増田レポートの及ぼした影響について
・集落消滅までの流れについて
・若者の必要性・効果について

目次

【増田レポートの及ぼした影響について】

増田レポートとは、元岩手県知事、元総務大臣の増田寛也氏が中心として作成されたもので、2013年から複数にわたって、「今後消滅する市町村」が論断されている。「市町村消滅」からさらにエスカレートして「地方消滅」として議論がなされていくことから、増田レポートを「地方消滅論」と呼ぶようになった。

「まち・ひと・しごと創生本部」が立ち上がり、増田寛也氏もメンバーとして指名され、増田レポートの事実確認や示された基本方向が政府レベルでの方針と一体となり、展開されるようになった。

その内容とは、①日本では少子化傾向があり、特にそれは人口集中が進む大都市で著しい。したがって、人口減少は加速度的に進行する可能性があり、若者が自らの希望に基づき結婚し、子供を産み、育てることができる社会をつくることが必要である。

②大都市に若者が集中する傾向が続くことで、地方は人口減少に留まらず、「人口再生力」も流出させることになる。「選択と集中」という考え方により、地方に「若者に魅力ある地域拠点都市」を中核とする「新たな集積構造」を構築することが求められる。

しかし、少子化対策を意識した増田レポートも「消滅可能性都市」「消滅する市町村」を名指ししたために、人口減少対策を講じる市町村が出てきた一方で、「どうせ消滅するなら、あきらめよう」といった雰囲気を行政や市民の考えに生じさせたのも事実である。

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【集落消滅までの流れについて】

過疎化に伴う人口と機能動態から集落の消滅までのプロセスを考えることができる。

グラフ1

図1 集落機能脆弱化のプロセス(『農山村は消滅しない』より転載)

①   A点→B点(人の空洞化スタート期)

農山村では、過疎化の初期段階で人口の急減が進行する。(A点からB点間)この時点では、人口の急減にもかかわらず、まだ集落機能の変化は目立たない。世帯数や人口の減少に対応して、集落の役職の統合や廃止、「班」の再編など状況に柔軟に対応して、低下した集落機能を元に戻す復元力が存在する。限界集落の基準として使用される「高齢化率50%」の集落はまだこの段階であり、「限界」として評価してしまうこと自体が誤りなのである。

②   B点→C点(むらの空洞化スタート期)

人口減少は自然減少が中心となり、スピードは低下するが、あるころから集落機能も低下する。(B点以降)この段階で見られるのは集落の農業関係の活動の後退である。ただし、集落活動の全部が停止するわけではない。祭、道普請等の生活面での共同活動はいろいろな工夫をしながら続けられる。この段階は、集落機能は低下しつつあるものの、「まだ何とかやっていける」段階である。

③   C点以降(集落限界期)

地域に残る高齢者の死亡や都市への「呼び寄せ」により、人口の減少はさらに進む。集落機能はある時から急激かつ全面的に脆弱化し始める。そこで、生活に直結する集落機能も衰退するため、集落の真の「限界化」はここから始まる。図では、それを臨界点と表している。集落の質が、物質的現象で見られるほどまで不連続に変化するからである。この段階になると、住民の諦めが地域中に急速に広がっていく。「もう何をしてもダメだ」という住民意識の一般化である。この「臨界点」は、水害や地震等の自然災害を受けて生じることが多い。

そして、さらに進むと集落内には、わずかな高齢者のみが残る状態となる。


高齢化率と集落消滅の可能性の関係は根強くある。10年以内に消滅という集落割合は高齢化率が上昇するにしたがって、割合も高まっていく。

高齢化が著しく進むことにより集落の限界化が進むことは確かである。しかし、一部の集落の限界化が進んでいるものの、農山村集落は基本的に将来に向けて存在しようとする力が働いている。


集落限界のプロセスが進むのに、歯止めをかけるために、集落再生のプロセスとして、寄り添い型支援(足し算の支援)と事業導入型支援(掛け算の支援)が有効である。(下図2)

グラフ2

図2   集落再生のプロセス(『農山村は消滅しない』より転載)

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【若者の必要性・効果について】

地域づくりには「カネ」や「モノ」による支援よりも、「補助人」による支援が必要である。農山村にあった既存の「人」による支援システムの相次ぐ撤退、脆弱化している背景がある。また市町村合併により市役所や役場が地域から離れたことによる行政職員の地域離れがある。

「地域サポート人材」として専門家でもない若者には、高齢者の愚痴、悩み、小さな希望を丁寧に聞き、「この地域で頑張りたい」という思いを掘り起こすプロセスを大事にするコツコツと積み重ねる「足し算の支援」を行ってほしいのである。この役割は、ボランティア経験はあっても行政経験やコンサルタントの経験がない若者のほうが適任であり、大きな意味と意義があったと新潟中越地震の復興支援の際に語られている。

また、地域づくりの経験のない若者が日常的に集落を訪れ、関係する住民も限定的でない若者が集落の日常を体験し、よそ者の目を通した気づきを住民に伝えることで、住民の主体性を生み出すことへとつながる。また、住民の主体性を生かしたイベントでちいさな成功体験や共通体験が住民の中に生まれることでその後主体的な意識をもった住民の話し合いが作り出されていく効果がある。

そして住民が共通した目標を持ち、高く掲げた集落に都市部に住む若者が集まってきて、再生に向けた地域の決断自体が地域の誇りを再生し、それが若者を惹きつける新しい地域の魅力になるという好循環が生まれるのである。


地方での働き手不足と田園回帰を望む若者の存在から国が主導して、地域をサポートする「地域おこし協力隊」の事業を行い、全国各地の自治体で導入され、その8割が20~30代が占めている。都心部からの移住のきっかけのハードルを下げるなど効果を示している一方で、単なるお手伝いさんになりさがっている場合や自治体との相互のニーズにおける連携がうまくはかれない場合も多く課題が残る。

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【結論】

地方消滅論は、少子化傾向が進む現代の日本において、今後人口減少が加速度的に進むことを防ぐために、若者が結婚や子育てに希望をもち、都市よりも魅力ある地方都市構築を目指したものであったが、地方自治体によって、対策を講じるきっかけになった場合もある一方で、住民や自治体に諦めの雰囲気を持たせてしまった場合と影響が分かれた。
地方消滅のプロセスは、大きく分けて3段階に行われる。

まず初めに、過疎化による人口が急減するが、人口急減における集落機能の低下をもとに戻す復元力が集落に働くのである。一般に高齢者率が50%を超えた集落は、「限界集落」と呼ばれるが、「限界集落」はこの段階である。

次の段階として、人口減少は社会減少よりも自然減少が中心となるが、前段階よりもスピードは緩やかになる。集落機能のすべてが停止するわけではないが、農業活動等の一部集落活動に支障が出始め、何とか活動を行っていける状態となる。

最後は、集落に残った高齢者も亡くなっていき、集落機能が果たせなくなってくることからさらに若者が都市部へと流出していく。それにより、集落機能は急激に脆弱化し始める。

高齢化が高まることで、集落の限界化は進んでいくのである。

近年、40~50代よりも20~30代の農村・地方への移住の動きは割合として増えている。国の制度の1つとして、地域おこし協力隊などの制度があるが、移住へのハードルを下げる効果はあるものの、受け入れる側の体制や協力隊の活動の自由度がなんでも屋のような仕事へとつながっている例も見受けられまだまだ課題は残る。

若者の役割として、明確なものではないが、知識やスキルを有していない若者という立場だからこそのかかわり方として、2つ挙げられる。1つ目は、高齢者の声に丁寧に耳を傾けることである。災害時や存続の危機の際には、目標を失っているだけでなく、話したくても話せる相手がすぐそばにいないことが多い。2つ目は、1つ目にも関連することであるが、集落の外に住む若者が、集落の日常に触れることでよそ者からの気づきを共有するとともに、住民も若者に集落の日常や文化を伝えることで主体性や目標が顕在化してくると考えられる。

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【出典】

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