(3) 神奈川県における水質分析

 

(研究概要1)

セレン(Se)は、微量であるが、環境中に広く分布している元素である。セレンは半金属と分類されているが、環境学ではしばしば重金属として扱われている。セレンは人間を含む動物にとって微量必須元素であるが、その許容摂取量の範囲が狭く、摂取量が足りない場合欠乏症に、摂取量が多すぎた場合毒性に現れる。本研究では、生態系におけるセレンの動態を調べるために、神奈川県の北部に位置している津久井の扇状地を対象に水文地球化学手法を用いて分析した。地下水水位の上昇に伴う地下水中のセレン濃度の上昇は土壌由来であると考えられたものの、今後地下水におけるセレン濃度の上昇に注目する必要があると考えられる。

 

図1.月別地下水中のセレン濃度と降水量

 

(研究概要2)

津久井地域の扇状地の地下水中の硝酸性窒素の挙動を水文地球化学手法で解明した。地下水の水位が著しく上昇したにもかかわらず硝酸性窒素濃度があまり低下しないことから、地下水に流入している下方浸透水中の硝酸性窒素濃度が非常に高かったことを表している。なお、総31回の硝酸濃度の調査結果のうち、22回分(約71%)が環境基準値を超過していた(図2)。なお、地下水中の硝酸濃度は、2ヶ月の時間のずれの月別降水量と有意な負の相関が得られた結果より、降雨後地面に降り注いだ雨水が下方浸透水となり概ね2ヶ月ほどの時間をかけて地下水まで達しているとの解析ができる(図3)。

 

図2.月別地下水中の硝酸濃度と降水量

 

図3.時差による降水量と地下水中の硝酸濃度との相関(R:スピアマンの順位相関係数(Spearman's rank correlation coefficient)、*:5%水準で有意(両側)、SPSS 19)

 

(研究概要3)

神奈川県の相模湖は1947年に人造湖になって以来、神奈川県と横浜市における重要な上水水源であるが、富栄養化と言う環境問題により、水質低下が懸念されている。本研究では、相模湖の水質を分析した。相模湖のpHを分析した結果、環境基準値を7回調査のうち2回(約30%)超過した(図4)。この原因については、富栄養化によって相模湖のpHが上昇したと考えられるが、飲料用原水貯水池ではpH8.5以上では塩素による殺菌力が低下する可能性があると指摘されている。

 

図4.相模湖のpHの変動

 

(研究概要4)

中国内蒙古自治区阿拉善盟の地下水におけるオンサイト・オンタイム水質調査 日中共同沙漠緑化フィールド研修プログラムの実習地であり、NPO法人世界の砂漠を緑で包む会が進めている乾燥・半乾燥地域の中国内蒙古自治区阿拉善盟(内モンゴル自治区アラシャン盟)では、水資源の確保のために水循環のバランスが極めて重要である。乾燥・半乾燥地域では、年間の降水量に比べて蒸発散量が著しく多いため、地下水を水資源として利用せざるを得なく、地下水を飲用水や農業用水などのあらゆる用途で利用しているのが現状である。しかし、農地の拡大等による土地利用割合の変化は、投入される肥料分に由来する地下水の硝酸汚染との相関関係があることが知られているが(Barringer et al., 1990; Burkart and Kolpin, 1993; Eckhardt and Stackelberg, 1995; Levallois et al., 1998; Ahn and Chon, 1999; McLay et al., 2001)、その汚染の具体的な実態については未だに明らかに把握されていない。 本研究では、乾燥・半乾燥地域である中国内蒙古自治区阿拉善盟の地下水を調査対象に、オンサイト・オンタイムで分析できる携帯用の測定器を用いて硝酸濃度を測定した。なお、本研究では、測定結果に基づいて地下水汚染の実態を把握し、土地利用と地下水中の硝酸汚染との関係を調べた。

 

(調査地)

内蒙古自治区阿拉善盟は、北京から西に約1,000 kmの中国の中央北部に位置している(図5)。阿拉善盟は内蒙古自治区で最も西側にある盟(日本の県に相当する)で、1980年5月1日に設立された。中国西部の乾燥、極乾燥地域には相当面積の沙漠化地域が存在し、阿拉善盟だけでも沙漠は22.93 km2、沙漠化が深刻になっている地域が34,000 km2を占め、潜在的な沙漠化面積は15,900 km2に達すると言われている。阿拉善盟には騰格里、巴丹吉林、烏蘭布和という中国三大沙漠が分布し沙漠化が深刻な地域である(田永,2007)。 研究対象地は、標高3,000 mの賀蘭山の西麓にある荒漠ゴビとその西側の騰格里沙漠との交錯地帯に位置し、標高は約1,370 mである。気候は大陸性気候で、冬は乾燥して寒く、夏は酷暑で降水が少なく、風砂が強い。年平均気温は7.8℃、最寒月は1月で最低気温は-33.1℃、最暖月は7月で最高気温は41℃に達する。日照時間は3,360時間、10℃以上の有効積算温度は3,000℃以上である。降水は、7、8、9月の3ヶ月に集中し、年降水量は110~180 mm、年蒸発量は約3,200 mm、無霜期間は150~170日、年平均風速は4.2 m/sである。この地域での年平均風成塵の発生日数が約90日にも及び、春季と夏季の初期はほとんど強風と黄砂に襲われ、黄砂の発生地の一つとなっている(田永,2007)。

 


図5.中国北部の内蒙古自治区の阿拉善盟の調査地

 

(調査および分析方法)

半乾燥地である本研究対象地において、制限された放牧と緑化活動をしているゴビ(Gobi:モンゴル語で砂礫を含む草原の意)と集約的な農業活動(トウモロコシ畑、ヒマワリ畑)を行っている農地にて飲用水と農業用水として利用されていた地下水(井戸)を対象に各々5ヶ所で採水と水質調査を行った(図6)。

 

図6.ゴビと農地の地下水の調査地(Google Earth 6.1)

 

(結果および考察)

調査日(2011年8月19日~同年月22日)の天気は晴れで調査時の気温は32℃から41℃で平均35℃であった。地下水の水温は平均して約15℃であった。地下水の深さ(ゴビの5ヶ所のみ)は約115m~165mで平均して136mであった。 ゴビの地下水におけるpHは、7.9~8.2で平均8.0、農地の地下水におけるpHは、7.7~8.0で平均7.8を示し(図7)、本研究で調査したすべての地下水は、アルカリ性を示した。本地下水のpHは、いずれの調査地においても中国の地下水の水質基準(Ministry of Environmental Protection of the People's Republic of China, 1994)と日本の上水水源とした河川・湖沼の水質基準(pH6.5~8.5)を満たした。なお、土地利用の違いによる二調査地の地下水pHの相違をみると、ゴビの地下水pHが農地の地下水pHより若干高かったが、統計的に有意な差は得られなかった(スチューデントのt検定(Student's t‐test)、IBMⓇ SPSSⓇ Statistics Version 19)(表1)。

 

図7.ゴビと農地の地下水pHの箱ひげ図(IBMⓇ SPSSⓇ Statistics Ver. 19)、○:軽度の外れ値

 

農地の地下水における電気伝導率(EC)は、1,640~2,300μS/cmで平均1,914μS/cmを示しており、ゴビの地下水のEC、166~1,020μS/cm(平均653μS/cm)より平均約2.9倍高い結果を示した(図8)。農地とゴビの土地利用の違いによる地下水ECについては、統計的にも有意な相違が認められた(表1)。なお、本研究で調査したすべての農地の地下水のECは、作物の障害の有する沖積土のEC(1,490μS/cm)(土壌環境分析法編集委員会,2000)を超過していた。以上の結果から、本農地の地下水には、無機イオンが非常に多く存在していると考えられる。

 

図8.ゴビと農地の地下水EC(単位:μS/cm)の箱ひげ図(IBMⓇ SPSSⓇ Statistics Ver. 19)、○:軽度の外れ値、☆:極端な外れ値

地下水中の硝酸濃度の分析結果は、農地の地下水においては、66~250 mgNO3-/Lで平均130 mgNO3-/Lを示し、ゴビの地下水で検出した硝酸濃度、36~49 mgNO3-/L(平均41 mgNO3-/L)より平均約3.2倍高かった(図9)。農地とゴビの土地利用の違いによる地下水中の硝酸濃度についても、統計的に有意な相違があると検定された(表1)。本研究で調査した農地の地下水中の硝酸濃度は、すべて地下水における環境基準値50 mgNO3-/L(WHO:World Health Organization, 1970)と44.26 mgNO3-/L(日本、中国(NSC, 2007)、アメリカなど)を1.3~5.6倍超過した。なお、高濃度の硝酸が含まれている地下水を長期間にわたって多量に飲用した場合、健康に対する害、特にメトヘモグロビン血症、非ホジキンリンパ腫、胃癌などの発病が懸念される(Johnson et al., 1987; Lee et al., 1992; Ward et al., 1994; Knobeloch et al., 2000; Wolfe and Patz, 2002)。以上の結果より、農業活動のうち、特に窒素肥料の施用が農地の地下水中の硝酸汚染の主な原因であったと考えられる。

 

図9.ゴビと農地における地下水中の硝酸濃度(単位:mg/L)の箱ひげ図(IBMⓇ SPSSⓇ Statistics Ver. 19)、○:軽度の外れ値、☆:極端な外れ値

 

(まとめおよび今後の課題)

本研究結果より、地下水中の硝酸濃度は、土地利用の違いによって大きく変動していた。農地の地下水における高濃度の硝酸は、集約的な農業活動によって発生したとみられる窒素が地下水にまで浸透した結果で、環境基準値を著しく超えたために飲用水にしない方が望ましい。なお、本研究のもう一つの調査地であるゴビの地下水中の硝酸濃度については、平均的に環境基準値の以下であったが、環境基準値に近い結果から油断せずに十分な注意が必要であると考えられる。 今回の地下水の水質調査に用いられた携帯用の測定器の分析法は、国内外の調査地においてオンサイト・オンタイムで環境汚染の実態を知ることができ、人の健康の保護に関わる深刻な汚染に素早く対応できる。また、この測定器は、携帯用の小型で使い方もシンプルで短時間に身につけることもできるため、学生や一般市民が身近な環境について興味を持ち、自らも調べられるとの自信とモチベーションを身に着けられる。したがって、本法は学生や一般市民の教育の側面からも、地域との連携の側面からも優れていると評価できる。最後に、本法を含めてどんな分析法においても測定器の適切なメンテナンス(洗浄、校正、適切な環境での使用)を行うことは、測定の精度と信頼性が認められる重要な測定過程の一つであることを忘れてはいけないだろう。 今後の課題として、1)オンサイト・オンタイム測定によるモニタリングを継続し、データ分析の結果に踏まえて汚染の実態を把握していきたい。2)データが共有できる方法を模索して最終的には個人から地域レベルまでの健康のリスク管理や水資源の管理に寄与することが望まれる。なお、3)今後復元性の高い環境と地域社会の基で永続できる農業環境づくりのため、経済性も高く環境負荷低減にも寄与できるシステマチック(systematic)な農業活動に支援できる具体的な循環生産システムを物質循環学の側面からデザインしたい。

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